友達いない、むしろ必要とも思わない

Hello World!!
杉山です。

友達って必要でしょうか?この質問だと語弊がありますね。

友達ってたくさん必要でしょうか?私は必要と思いません。

我々は生きているといろいろなコミュニティに属します。少年期は地元と呼ばれるコミュニティに属し、学生になれば、同じクラスの人とか別のクラスの人とか、部活をしていたらその仲間とか様々なコミュニティに属します。

そして、社会人になれば会社のコミュニティに属することになります。

そのコミュニティの中で友達というのを作っていきます。そして、友達は多いほうがいいとか、友達は将来大切な宝になると我々は教えられますが、果たして本当でしょうか。

私は、リアルに友達は二人しかいません。

でも、これで何か不自由を感じたり、生きづらさを感じたことは一切ありません。逆に、友達が多い人のほうが生きづらさを感じてしまうのではないかとさえ思ったりします。

今回は、そんな「友達」について思うことを記事にしていきたいと思います。

友達いない、けどそれでいい

友達いない、けどそれでいい

友達が多すぎると、日常生活にさまざまな弊害が出てくるとも思っています。

私は、これまで生きてきて様々なコミュニティに属してきました。

地元のコミュニティに、部活のコミュニティ、社会人のコミュニティ。

自分のフェーズが、上がっていくにつれて話が合わないコミュニティが出てくることに気づきました。

そうすると、基本的にそのコミュニティとは距離を取るようにして生きてきました。昔のコミュニティの人間と話すこと、時間を共にすることは楽しいです。

でも、楽しいだけなんです。

昔話に花を咲かせて、「あの時はああだった」「こうだった」とゲラゲラ笑いながら、時間が過ぎて、それはそれはその時間は楽しいのです。

しかし、そこに何が残るかと言われれば何も残りません。

私はこれを「馴れ合い」と呼んでいます。

馴れ合いは居心地がいい

馴れ合いのコミュニティは居心地がとてもいいです。

昔から知っているので、昔話に花を咲かすこともできますし、なんなら実家に遊びに来たりもしていたので、親のことも知っていたりしたり、親同士が仲良かったりもするわけです。

当然、久しぶりに会えば、昔を思い出し、楽しい気持ちになります。

居心地がとてもいいです。でも、その居心地のいいぬるま湯につかることよりももっと、大切なことがあると思っていて、できれば人と会うなら新しいコミュニティの人に会うべきだと私は思っています。

言葉を選ばずに言うと、馴れ合いのコミュニティは居心地がいいのですが、新しい情報やビジネスの話はできません。

ビジネスの話を持ち出すと「もう仕事の話なんか辞めてくれ」なんて言われたりします。

楽しむことにフォーカスしすぎていて、建設的な場にならないことが多いです。

それと比べて新しいコミュニティの人と話すことは新鮮な気持ちになり、気づきを得ることができます。

今なら、ツイッターで人と会うなんてことをゴールデンウィークにしましたがとても刺激的で、気づきがとてもありました。

やはり、あの時のように居心地のいいコミュニティから外に抜け出してみることはすごく大切だと思います。

友達は煩わしい

友達を時に煩わしく感じてしまうこともあります。

例えば、何か用事を思いつくと電話をかけてきたりします。その人はきっと何かの問題を今解決したいから私に電話をかけてきていると思いますが、私はブログを書いているかもしれないですし、クライアントワークをしているかもしれません。

ブログを書いたり、コードを書いたりしている人はわかってくれると思いますが、途中で遮られるとその時の脳のモードの戻るのに時間がかかってしまいます。

電話をかけた人は、人の時間を奪うことに気付いてほしいと思います。

しかも、電話の内容がさほど緊急性のない電話であることが多いのです。

「いついつ、集まりあるけどこない?」とか「家借りようと思っててどう思う?」とか。

なにそれ?って感じです。

ラインでやってくれと思います。

最近は、電話を取らないと決めたので電話を無視するのですが、無視したらしたで変に罪悪感を感じたりするので精神衛生上もあまりよくありません。

これ自体が煩わしいです。

一生の友達とか親友は尊い説

一生の友達とか親友は尊い説

一生の友達とか、親友を作ることを尊いとする文化があります。

でも、終身雇用も終わりだとか言われて、スマホで世界中に繋がることができて、時代はめまぐるしいスピードで移り行く現代において、一生の友達を作ることなんて可能でしょうか?

何をもって、一生の友達と呼べるんでしょうか。

一生の友達を作ったり、親友を作ったりすることが尊い行動で、美徳だとされています。

だから、無理に若い子たちは、「親友」を作りたがって生きづらくしているようにも思います。

そして、親友を作れなかった、もしくはいないひとは人間的に劣等感を感じてしまったりしますよね。

私は、友達にランクなんてないと思います。

世間では、友達からランクアップされれば親友になるみたいですが、友達にランクなんてありません。そして、その人と一生友達でいることを別に決める必要はないと思います。

自分のフェーズに合わせて付き合う人が変わることはごく自然な事であり、そうすべきだと思います。

必要なくなったら距離を置くし、逆に距離を置かれるかもしれません。

でも、それが自然なことだと思います。

友達を作る意図

義務教育で、友達をいっぱい作りましょうと教わって、それが常識とされている我々にとって、友達に関して深く考える機会はそう多くないと思います。

思考停止して、ただ友達を作ることに意識を集中させている人もいます。

友達がいないのが恥ずかしいと感じる人や、自分が根暗だから友達ができないと自分を責めている人もいると思いますが、そんな人は友達を作る意図をもう一度整理する必要があると思います。

なぜ、友達が必要なのか?

貴重な自分の時間を友達と過ごす目的は?

私はこう思います。

「自分の人生をよりよくするため」だと。

人生を良くするためと言っても色々な要素があります。それは、一緒にお酒を飲んでストレスを発散することなのか、その人が別の分野のビジネスをしていて、話を聞いて自分の気づきを得られるからなのか、人それぞれ、人生を良くするために友達って作るのだと思うのです。

なので、極端な話。

一人で、お金も稼げて、夢に向かって走れて、ストレスも自分で発散することができるのなら、もしかしたら友達はいらないのかもしれません。

「自分の人生をよりよくする」事に起因しない友達はいらないのかもしれません。

あくまでも個人的な意見です。

だから、友達がいないことや、友達が少ないことに劣等感を感じる必要もなければ、友達の多い人を羨ましく思ったりもする必要はないと思います。

自分の人生なので、自分で取捨選択すればいいと思います。

まとめ

友達は少数で十分だと思います。私は二人しかいません。

親友とか、一生の友達とかいう概念はわかりませんが、彼らに飽きられないように自分も磨いていかなくてはいけないという思いはあります。

彼らもきっと、私が彼らの人生にとって不要だと判断されれば距離を置かれるでしょう。

でも、それにいちいち目くじらを立てたり、固執する気もありません。依存しあわない関係が私は心地いいです。

私は、急に飲みに行きたくなったりします。

その時に声をかけて、一緒に飲めたら最高です。

私は約束があまり好きではありません。〇月〇日に遊ぼうと約束しても、その日の気分があるので、その日を迎えれば行きたくないと思ってしまう可能性もあるわけです。

でも、約束したから行かないといけません。

自分の気持ちに正直に生きたいので、約束は基本的にしないようにしています。

私の友人二人はそれを理解してくれている人たちです。だから心地いいのかもしれません。

長い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。