ライオン・キング実写版を見てきた【映評】

Hello World!!
杉山です。

最近、よく映画を見るのですが、またまた最強に見たい奴があったので見てきました。

それが、「ライオン・キング」です。

実写版です。

「アラジン」実写版に続き、超大作「ライオン・キング」の実写版です。
ディズニー本当にすごいな。

私は現在、29歳ですが。
我々世代は、「ライオン・キング」は思い出深い作品ではないでしょうか?

私は、子供のころVHSが家にあり、暇があればテレビで流していました。

見た回数でいうと、もしかしたら100回を超えるかもしれません。
それほど、毎日エンドレスで流していました。

なので、その分思入れも大きく、「ライオン・キング」の音楽を聴くだけで、すごく懐かしい気持ちになり、こみ上げるものがあります。

そんな大好きだった、「ライオン・キング」が、実写するということで、発表があった当初から待ちに待ち続けていました。

妻も、公開日にわざわざ休日をとるほどに、二人で待っていました。

そして、公開日当日に見に行って、最高の気分になって帰ってきました。

もう、本当に最高でした。

なので、今回の記事はその「ライオン・キング」を見てきて感じたことを書いていきます。

「ライオン・キング」なんて、全員見てるっしょ!?くらいのテンションで書いていきますので、まだ「ライオン・キング」をオリジナル版も含めて見たことがない人は、見ないほうがいいかもしれませんね。

では、まいりましょう。

ライオン・キングは子供も大人も楽しめる最高の映画

ライオン・キングは子供も大人も楽しめる最高の映画

子供は「勇気」を、大人は「哲学」を学べる

子供の時に見るのと、大人になって見るのとでは、感じかたが全く違うことに、映画を見ながら感じていました。

子供のころは、シンバの勇気に感動していました。

お父さんを、スカーという悪役ライオンに殺されて、その悪役ライオンが支配して崩れかかっている自分の故郷を助けに行くというサクセスストーリーに「勇気」を感じていました。

しかし、大人になり見ると全く違う視点を感じました。

実は、ライオン・キングって子供向けではなく、大人向けなのではないかと思うシーンが数多くありました。

「哲学」的というのか、「啓発」的というのか、人生を幸せに生きる為のエッセンスが所々に詰まっていました。

自分がお父さんを殺してしまったと勘違いしていた、シンバがずっと落ち込んでいるときに、ミーアキャットのティモンと、イボイノシシのプンバァは「ハクナ・マタタ」という言葉でシンバを慰めます。

この「ハクナ・マタタ」は過去にくよくよするなという意味として、映画中では使われており、それによりシンバは立ち直ることができます。

「過去は悔やんでも変えることができない、でも未来は変えられる」というセリフもティモンから出てきました。

このような、大人の心にも刺さるような言葉が各所にありました。

「ライン」と「サークル・オブ・ライフ」

シンバの心の葛藤の様子もうまく描写されており、我々現代人に置き換えて考えることができる場面も多々ありました。

シンバは、自分が父親を殺したことで故郷を捨てて、ティモンとプンバァとジャングルで過ごすことになるのですが、ティモンとプンバァは世の中を「ライン」と捉えているのに対し、シンバは、父親であるムファサから世の中は「サークル・オブ・ライフ」だと教わって育ってきたことで葛藤します。

ティモンとプンバァが念頭に置く「ライン」とは、我々は一本の線でしかなく、どこともつながっていないので、自分の好きなように生きて、好きなように毎日を過ごせばいいという思想です。

「人生なんて無意味」だとティモンは映画の中でも発言しているほどです。

この、「ライン」という考え方は、どちらかといえば現代に近い考え方でしょう。

それに比べて、シンバは幼少期、父親に「サークル・オブ・ライフ」について教えられます。

動物は、食物連鎖によりすべて繋がっている。
そして、王に生まれたからには王として使命・役割を果たさないといけないと教えられます。

まったく、真逆の意見の中でシンバの葛藤があります。

まさに、現代のわれわれの生き方を問うようなテーマにも感じられます。

レールに敷かれた人生を歩むのか、親の教えに背くことにはなるけど、レールから外れた人生を歩むのか。

この「ライオン・キング」ではシンバは、最終的に「自分の役割を全うする」という選択をしました。

ナラという、メスライオンと恋をし、「助けてほしい」と懇願され、一度は、好きに毎日を生きることを選択しそうになったけど、サルのラフィキに導かれ、自分の心の中の父と対話し、シンバは「故郷を救う」選択をしました。

「自分が何者かを証明するため」にシンバは選択したのかもしれません。

我々が生きている世界も、「好きなことをしよう」という風潮ですが、自分の使命や役割を見出し行動することも、とても大切だと感じさせてくれる描写でした。

奪うのではなく、与えることの大切さ

冒頭、シンバとムファサの会話の中にこのような会話があります。

無邪気なシンバが「この王国すべて、自分達の物だからご飯も食べ放題で、好き放題できるね」のようなニュアンスのことを話します。

しかし、ムファサは「王は、奪うのではなく与えることのほうが大切だ」といった話をします。

この言葉も、まさに真理をついていると感じました。

我々、人間も「お金持ちになりたい」とか「いい車乗りたい」とか「美味しいご飯に美味しいお酒をたらふく食らいたい」と欲望に身を任せ、ついつい「奪う」ことを目的に置いてしまうことがあります。

資本主義なので、ある程度は仕方のないことですが、「奪う」ことよりも「与える」ことのほうが本当は大事だということを「ライオン・キング」を見れば学ぶことができます。

動物も人間も、誰一人として、一人では生きていくことができません。

誰かに助けられたり、誰かが生産したものを使用したり、大きな環の中で暮らしています。

まさに、「サークル・オブ・ライフ」です。

欲望もいいですが、ある程度満たせば、誰かになにかを「与える」ことを考えるようになれれば、世界はもっとよくなるし、戦争もなくなるのでしょう。

「ライオン・キング」の映画中、スカーという悪役ライオンが王国を支配し、ハイエナたちもひきつれ、自分たちの欲望のままに狩りをし続けた結果、王国はすぐに崩壊の道を辿りました。

「奪う」を優先しすぎた結果です。

ムファサが統治していたときは、バランスが取れて、動物たちも幸せに暮らしていました。

これは、ムファサが「与える」を優先してきたからでしょう。

この現象は、まさに我々の人間界でも同じようなことが言えますね。

「奪う」をし続けると、地球は滅びてしまうでしょう。

余裕がある人は、この映画をきっかけに「与える」ことを始めてもいいかもしれません。

まとめ

以上で、今回の記事は終了です。

大人になってから見ると、かなり深いメッセージ性のある映画だということがわかりました。

映画もこういう角度でみると、気づきや学びがたくさんありますよね。

ただ、かっこいいとか、強いとか直感だけに頼るのではなく、作者は何を伝えたいのか、どういう教訓を得られるのかにアンテナを張りながら映画を見ることは大切です。

まだ、見られていない方は是非見てみてください。

人生での気づきも得られるかもしれませんし、自分がしようとしていることや、不安に思っていることを肯定される気持ちになれるかもしれません。

では、最後まで読んでいただきありがとうございました。