人生には意味なんてないので、生きる意味を考えるのは不要

Hello World!!
杉山です。

めちゃくちゃ哲学的なタイトルで申し訳ありません。

内容もめちゃくちゃ哲学的になります、ご了承ください。

苦手な人は、今のうちに退出しましょう。笑

今回の記事は以下の人にむけて書きます。

  • 生きるって何だろうって考えたことがある
  • 惰性で生きていないか不安になる
  • 死んではいないけど、生きてるっていえるのか?と考えたことがある
  • SNSを見ると周りがキラキラし過ぎて、自己嫌悪に陥る

いずれかに当てはまったら、今回の記事はすこし有益かもしれません。

人生に意味は果たしてあるのか?
生きる意味はなんなのか?自分が産まれ、生きている意味はなにか?

という問いに答えていきます。

あくまでも、哲学の本を一定量読み、自分なりに問い続けてきたひとつの答えに過ぎませんので、盲信せずに参考程度に考えてください。

私の答えは、「人生には意味なんてない」というものです。

しかし、これはネガティブな意見ではなく。
どちらかというと、ポジティブにとらえてほしいと思います。

では、この「人生には意味なんてない」という部分を深堀していきます。

人生には意味なんてないと思う理由

人生には意味なんてないと思う理由

46億年の中の100年程度の話

我々が生きるのは、せいぜい長くても100年くらいです。

しかし、地球は誕生してからこれまで46億年経過しているといわれています。

数字が大きすぎて意味がわからないと思うので、%で表してみましょうか。

地球の歴史の中で、我々が生きた割合を%で表すと。

0.00000002%」となります。

いうなれば誤差です。

ミジンコより小さい、ほんの一瞬の出来事。

我々の一日でもある、24時間にこの%をかけてみましょう。

まずは、24時間を秒に直しましょう。

1日は86,400秒で形成されています。

これに、%をかけてみましょう。

解は「0.00001728秒」です。

1日振返ってみて、0.00001728秒でなにかが変わることなどあるでしょうか。

そこに意味を見出すことなどできるでしょうか?

記憶にないのではないでしょうか。

気にすらしていない時間ではないでしょうか。

地球からしたら、我々が生きる100年なんてそんなものなのです。

なので、そもそも歴史から見ても誤差でしかなく。

今から、1億年後には今の偉人の事を知っている人もいませんし、Amazonっていう世界最大級のネットショップがあったことなんて、おそらく知っている人はいないでしょう。

そもそも、人間すら存在していないかもしれません。

そんなものなのです。
地球からしたら、誤差であり、そこに「意味」などと大それたものなどを求める必要はないのです。

気楽にいきましょう。

何かしないと思いすぎるのは疲れる

「生きる意味」や「人生の意味」を問い始めると、「何かをしないといけない」と強迫観念に駆られてしまうこともあります。

影響力がある人が、「サラリーマンはダメだ!」と言うと「副業だ!副業」と何かしないといけないと思ってしまい、それを始めます。

でも、次第に疲れてきます。

なぜなら、誰かが警鐘を鳴らし、それに響かされて動き出したことなんて、せいぜい半年すれば現実に帰ってきてしまうからです。

自分が決めた事ではないからです。

他人から影響を受けて始めることをモチベーション高らかに続けることは難しく、次第に疲弊します。

その根底には、「人生の意味」を見出したいから「何かしないといけない」という強迫観念に駆られていることが原因にあります。

我々は、本当に「何かをしないといけない」ということはあるのでしょうか?

私は、そんなものないと思います。

我が国日本は、資本主義なので、「お金」の話題は避けて通ることはできません。

しかし、「何が何でもお金を稼がないといけない」ということはないと思います。

たぶん疲れてしまいます。

「自分があれがしたい、これがしたいというのが最初にあって、それならば○○万円必要だから、考えて今よりも収入を得る方法を考えよう」というのが自然の流れであり。

「何かをしないといけない」のでとりあえず「お金を稼ぐ」稼ぐための方法を探しまくる。みたいなのは、悪くはありませんがたぶん疲れちゃいます。

なので「何かをしないといけない」なんて思う必要なんてまったくなく。

自分の好きなように生きればいいと思います。

その好きなように生きる過程で、お金が必要なら稼げばいいし、お金を極力使わない生活にチャレンジしたくなったのならチャレンジしてもいいと思います。

結局、地球の歴史からしたら我々の生きている期間なんて誤差なんですから、気楽にいきましょう。

意味なんてないので、「幸せ」なら御の字です

自分の人生に意味など考えずに、「幸せ」を追求するのが一番いいと思います。

  • ご飯食べて美味しい→幸せ
  • パートナーとSEXすること→幸せ
  • 好きな人と過ごすこと→幸せ
  • 美味しいお酒が飲めること→幸せ
  • 旅行に行くこと→幸せ
  • 海で泳ぐこと→幸せ

これは、私の幸せを感じる瞬間ですが、人それぞれ「幸せ」があると思うので、それを追求しましょう。

何かをしないといけないではなく、自分が幸せに思うこと、やってみたいこと、好きなこと、これをしたら「幸せ」だと思うことを追求するのが最高だと思います。

意味がない人生を「幸せ」に生きるコツ

「幸せ」の追求に仕方で有効なのは、お金を「経験」に使うことなのかなと思っております。

「経験」は自分の心のずっと残り、なにかをするモチベーションになります。

例えば、南の島に一度行った「経験」があって、「また、絶対に生きたい」と思ったら、また行くためにモチベーション高く頑張れるじゃないですか?そこがすごく大切かなと思っています。

物にお金を使うことを否定しているわけではありません。

ブランド物や、高級車も所有することの「経験」が手に入るので、それもいいお金の使い方だと私は思います。

あと、もう一つ意味がない人生を「幸せ」に生きるコツは「優先順位を自分が第一位」にもってくることかなと思います。

よく、社会貢献がしたいとか。

誰かの役に立ちたいという話を聞きますが、それではなかなか「幸せ」を感じるのは難しいのではないかと思います。

まずは、自分。

自分が幸せを感じてから、他者への貢献でいいのではないでしょうか。

これが、意味がない人生を「幸せ」に生きるコツかなとおもっています。

また、人の生き方や、やり方を批判する人もいますが、私からすればそもそもの論点がずれていると感じます。

そういう人たちは、あたかも「自分が正解」かのように人を批判しますが、正解も残念ながらありません。

批判する人が考える「正解」も、また誰かにとっては「不正解」なのです。

私が思う「正解」も、誰かの「不正解」。

そろそろ、それを理解しませんか?批判する人達。

人生は正解がなく、意味もないのです。

だから、みんな好きなことやるし、「幸せ」に生きようとする。

誰かに「あれやれ、これやれ、これやったほうがいい、あれやったほうがいい」とアドバイスを受けて、「何かしないといけない」と強迫観念にかられるのではなく、自分が「幸せ」だと思うことを追求すれば、いいんです。

今回は、そんなお話でした。

記事は以上です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。