継続はしんどい、だからこそ価値がある

Hello World!!
杉山です。

マナブさんも含め、先人のいわゆる成功者たちはみんなこぞって「継続する」といいことがあると私たちに教えてくれています。

継続をして、その先に大きな成果を上げた偉人達もたくさんいますよね。

例えば、普段、当たり前に電気をつけて生活をしていますが、これを発明したのはエジソンという偉人です。

エジソンは、約2万回の失敗をしたといわれています。

しかし、それでも辞めずに、失敗しても挑戦を続けてきたので人類史上たいへん大きな発明を残すことができたと言えます。

あとは、ハリーポッターの生みの親でもあるJ・Kローリングも継続をして大きな成功を収めた偉人であります。

生活苦でうつ病を発症し、離婚を経験し、一人娘を抱えながらハリーポッターを書きあげました。

ギリギリの中で継続をされた最たる例です。最後のほうは生活保護を受けながら執筆されていたようです。

このように継続をすればなんかしらの成果を得ることができると我々はたくさんの偉人から学ばせていただいております。

しかし、この継続というものが、とても難しい。

私は、「早起き」を約3ヵ月。プログラミング学習もそれと同じくらい。

そして「ブログ毎日更新」を約1ヵ月半なんとか継続しています。

まだ、どちらも1年も継続することができておりませんが、継続とは難しいけれどもすごく価値があると、感じているので今回の記事ではそのあたりを深堀していきます。

継続はしんどいけど、価値があると感じた3つの理由

  • 続けるだけで優位性を取れる
  • 人生で一番大切な「時間」が手に入る
  • 遠回りのようで、一番の近道なのかもしれない

続けるだけで優位性を取れる

私はこれまで、早起きとプログラミング学習に関しては3ヵ月、ブログに関しては1ヵ月半。

継続することができました。

期間でいうと、たった数ヵ月しかなくゴミみたいな期間です。

しかし、このたった数ヵ月の期間だけでも継続を辞めてしまった人達はいました。

同じ時期にプログラミング学習を始めた人。

同じ時期にブログの更新を始めた人。

その中で、続いている人もいれば途中でやめてしまった人もいます。

このたった数ヵ月の間の出来事ですが、継続を断念してしまう人がでるくらいなので、これが1年、2年先にはいったいどれだけの人が生き残っているのかを考えたときに、だいたいの想像はつきます。

たぶん、ほとんどの人は継続に向き合い切れず挫折し、多くの人が姿を消すと予想しております。

それだけ、継続というものは難しいものなのです。

人間は弱く、楽なほうに逃げたくなる生き物です。

「毎日継続するぞ!」と意気込んで始めてみますが、一日一日過ぎていくと次第にその情熱はだんだんと薄れてきます。

これは、当然の原理で、きっと誰しもが同じ経験はしているはずです。

そして、いつしか自分の中で納得できやすい上手な言い訳を考え始めるのです。

「毎日しなくてもいいんじゃないか?」

「これのせいで、他の事がおろそかになるから効率悪いんじゃないか?」

「毎日泥臭くやるより、スマートにさくっとやるほうが天才っぽくね?」

「休まないのは体に悪いから、今日くらい自分へのご褒美で」

だいたい、こんな感じで、モチベーションの高い自分とは違う、悪い自分がでてきて、もっともらしい納得しやすい、上手な言い訳を投げかけてきます。

私も、たった数ヵ月ですが幾度となく、言い訳を思いつきました。

上記のものは、そのほんの一部です。もっと、たくさんの言い訳と戦ってきました。

でも、なんとか勝ってきました。いつもギリギリです。

たかが、続けるだけだ。と始める頃は思っていましたが、「たかが」ではなく「されど」でした。

たった数ヵ月ですが、継続することの難しさの片鱗を痛感しています。

これが半年、1年、2年とフェーズ毎には、これからもっと壁が立ちはだかることは想像にたやすいです。

だから、やはり継続している人は本当にすごいと改めて感じます。

ブログを1000記事くらい継続しているマナブさんも神の領域です。

野球にひたむきに向き合ってきたイチロー選手も継続の最たる例ですね。

このように、トップで活躍している人は、みんな継続しているのです。

継続することなく成功を収めた人はきっといないのではないでしょうか。

私はそう思います。

だからこそ、継続し続けることこそ優位性を持てるとも思っています。

我々は資本主義の国に生きています。

資本主義 = 競争社会なので競争は避けて通れません。

子供の時から、なにかにつけて順位をつけられてきて育ってきている我々にとって、今後死ぬまで競争から目を背けて生きていくことは、ほぼ不可能なのです。

その競争に勝つためには、優位性が必要です。

その優位性は信頼にもつながります。

人は見ていないようで見ています。

誰が、有言実行できているか。

有限不実行の人なのか。無意識のうちに瞬時に判断されています。

だからこそ、私はフォロワーさん含め、一度宣言したことは、よほどのことがない限り途中で投げ出すことはしてはいけないと思っています。

そうすることは、同時に信頼を損ねることを意味すると知っているからです。

逆を言うと、続けることができるだけで、この優位性が手に入るとも思っています。

これはとても価値のあることではないでしょうか。

人生で一番大切な「時間」が手に入る

人生で一番大切なことは「時間」だと確信しております。

時間があれば、正直何でもできると思っており、人生の幸福度は1日の時間をどれだけ自分の時間に使えることができるかで決まるとも思っています。

「継続」を始めると、人生で一番大切な「時間」も同時に手に入ると思っています。

継続とは休まないことです。

早起きをするとか、ブログを更新するとか決めたら、毎日それをしないといけませんので、1日ゆっくり過ごすといったような、いわゆる「休日」が人生のなかから姿を消します。

前日にどれだけ深酒をしようが、夜更かしをしようが、早く起きなくてはいけませんし、ブログは書かないといけません。

生きていれば、飲み会の誘いもありますし、急な相談事とかに乗らなくてはいけないことだってあります。

そんな誘いに乗ってしまうと、次の日の朝はつらいです。

自分がしんどいんですね。

すると、どういう循環が生まれてくるかと言いますと、自分に有益なものにしか参加しなくなります。

今までは、誘われたらどんな飲み会にも行っていました。

当然、不動産業界なんて、飲み会が異常に多い業界ですので、ほぼ毎日飲み歩いていた時期だってありました。

そんな生活が今では180度変わりました。

「ノリ悪くなった」とか言われることもあるけれど、仕方がないのです。

理想は、お酒を飲むのも大好きなので、参加したいです。
でも参加して、かつ体調万全の状態でブログを書けるかと言われれば、それは絶対に不可能なんですね。

何かを得るためには、何かを捨てないといけません、何かを継続するということは、これまでのルーティンを変える必要があります。

しかし、これは「自分の時間を取り戻した」とも言い換えることができます。

所詮、飲み会はストレス発散の場であり、酔っぱらったら途中していた内容の話なんて数日たてば忘れているものです。

利益のない、いつものメンバーでする飲み会には生産性があるとはいいがたく、全てを断るのもさすがに心が痛いけれど、でも行ってしまうと次の日に痛い目を見るのは自分なのです。

その時、同じ飲み会に参加しているメンバーは次の日が休みだから、頭が痛くなくなる時間まで何も考えずに休めるかもしれません。

しかし、物事を継続している私にはそうはいきません。

前の日がどうであったかは関係なく、しっかり起きてブログ更新をしないといけないのです。

だから、安易な飲み会に参加することはなくなりました。

これは、連鎖的に自分の時間を手に入れたとも言い換えることができるので価値があると感じています。

遠回りのようで、一番の近道なのかもしれない

これまで、書いてきた通り、継続することはしんどいです。

継続とは、1年くらい続けて始めて何らかの結果が出るものだと思うので、それまでの道のりは、出口の見えない暗いトンネルを突き進んでいる感覚です。

その先に、本当に出口があるのか、外に出られるのか。

行き止まりなのかもしれないですし、「今ならまだ引き返せるぞ」と悪魔のささやきがあるかもしれません。

結果が出るという絶対的な保証があるのなら、続けることも、まだ簡単かもしれません。
結果が絶対にでるとは限らず、結果を得られる人間はほんの一握りだという事実も頭では理解していて、それでも己を信じ、結果が出ることを信じて、不安に押しつぶされそうになりながらも続けることはやはり、どう考えてもしんどいですよね。

でも、きっとこうすることでしか。自分が求めている果実を得ることなど不可能なのかもしれません。

継続なくして、なにかを得れるほど世の中はきっと甘くは設計されていないのかもしれません。

だから、果てしなく長い道のりのように思う「継続」が実は本当は近道なのかもしれません。

そう信じて、進んでいきたいと思っています。

まとめ

これから、なにかを継続しようと思っている人。

現在なにかを継続し、日々頑張っている人。

たくさんいると思いますが、私たちは仲間です。

きっと、なにかを継続しようと感じた時点で普通の人とは少し違った視点を持っていると思います。

普通の人は、変化を嫌い現状維持を求めます。

そうではなく、今の自分になにか疑問を感じ行動しようとする姿勢は、その先にある何かを掴んでいきたい事の表れで、そう考える人同士はきっと仲間です。

この記事で話した通り、続けることは本当に難しいですが一緒に頑張っている仲間や応援してくれる人がいれば、それらは力になります。

そして、なにがなんでも続けるという強固なブレない信念になります。

継続はしんどいですけど、しんどいからこそ、全員ができることではなくそこに優位性が生まれ、価値が生まれます。

しんどいですけど、共にがんばっていきましょう。

長い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。