他人と比べるのはやめられないと開き直る【劣等感からの脱却】

Hello World!!
杉山です。

Twitterをしていると、Twitter界にはさまざまな人がいてますよね。

プログラミングや、ブログなど継続が必要不可欠な領域は一人で、もくもくとするよりは、TwitterなどのSNSを使って、同じ仲間を見つけて切磋琢磨していくことはとても重要な事です。

しかし、自分に甘えることなくSNSを見ると「みんなも頑張っているから、自分もやらなくちゃ」となる反面、人間同士なのでやはり差というものがついてしまいます。

ここでいう、差とは結果の差のことを言います。

例えば、同じ時期に勉強を始めたはずの人が自分よりも結果を出していることは往々にしてありえます。

というか、そんなことは日常茶飯事いろいろなコミュニティ内で起こっています。

そんな時、「ああ、なんて自分はダメなんだ」と劣等感を感じたり。
競争に負けた現実にぶつかって、モチベーションが極端に落ちてしまうこともあるでしょう。

そんな時に、よくあるアドバイスとして。

「他人と比べるのは辞めましょう」というアドバイスがあります。

真っ当な適格なアドバイスであることは間違いないでしょう。

私も、他人と比べることは辞めるべきだと思いますし、他人と比べることを辞めれば劣等感をそもそも感じないし、ストレスもない日常を送れるはずです。

しかし、この真っ当なアドバイス。

「他人と比べるのは辞めましょう」というアドバイスを聞いて、他人と比べるのを辞めた人を見たことがありません。

私は思います。

他人と比べることを辞めるのは、神の領域に達している僧侶か、それ同等の精神力をもった人でない限り、スーパーハードなのではないかと思うのです…。

つまり、再現性が低いので「他人と比べるのを辞めよう」とすること自体、よけいに自分自身に負荷がかかってしまいストレスになり、また劣等感を生むのではないかとさえ思います。

なので、私は「他人と比べるのをやめる」のではなく。
「他人と比べるのはやめられないと開き直る」ことを受け入れて、思考を変えて劣等感から脱出する方が有意義で再現性があるように思うのです。

今回は、ありきたりな「他人と比べるのをやめる」ではなく。
「他人と比べるのはやめられないと開き直る」ことを受け入れて、どのようにして思考を変えていけば劣等感を感じずに生きてけるかということにフォーカスして記事を書いていきます。

Twitterをしていて、他人と比べてしまってはたびたびモチベーションを落としてしまい、モチベーションを維持できずに悩んでいる人にとってはお役に立つと思うので、是非最後まで読んでいただければ嬉しいです。

1.他人と比べることからは逃れられない

他人と比べることからは逃れられない

私は、先日このようなツイートをしました。

割と反響があって、たくさんのリプもいただきました。

おそらく、多くの人は誰かと自分を比べて焦って行動してしまったり、生き急いだりする経験があり、共感を得たのだと思います。

私の大好きな本である、「嫌われる勇気」にこういう言葉があります。

「すべての悩みは『対人関係の悩み』である」

個人だけで解決する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しません。どんな種類の悩みであれ、そこにはかならず他者の影が介在しています。

「嫌われる勇気」

この言葉の通り、すべての悩みは対人関係からきていて、この「他人と比べる」という分野に関してもそうです。

人間には悩みがつきもので、悩みを0にすることは不可能です。

なので、「他人と比べる」ことから逃げることなどできないと開き直る必要があります。

学校教育が競争

そもそも、我々は幼少期の頃から競争する環境で育ちます。

5教科のテストで点数がでるので、成績で順番が付き、当然点数が高い人がもてはやされて、点数の悪い人は「もう少し努力しよう」と言われ続けます。

競争はなにも成績に限った事ではありません。

体育の時間では、運動神経のいい人がもてはやされます。

運動が悪い人は、当然成績も悪くなります。

決まって、勉強ができて運動ができる人が、異性からもモテますよね。

学校教育においても全てが競争、他人と比べる環境で、長い人なら小学校1年生から、大学4回生までの16年間を競争の世界に生きるわけです。

学校にも順番があって、学校に在籍している人にもランクがあって、全てが順番、全てが競争なのです。

では、その競争は学校教育で終わるのでしょうか、いえいえ終わりません。

競争は永遠に続きます。

資本主義自体が競争

社会に出ても競争は続きます。

営業会社に入ったら、営業成績によって順番がつきます。

営業成績のいい人はもてはやされて、営業成績が悪い人は会社のお荷物のような扱いをうけます。

営業会社以外でも、なにかしらの競争が様々なところで行われています。

  • 同期入社の出世競争
  • お酒の一気対決
  • ボーナスの額の多さ
  • 年収の高さ
  • 貯金の多さ
  • 勤めている会社のネームバリュー
  • 彼女がいる・いない
  • 結婚した・していない
  • 子供がいる・いない
  • 家を買った・買っていない
  • 車を持っている・持っていない
  • 住んでいるアパートの家賃
  • 着ている服のセンス
  • 髪型のセンス

世の中のあらゆることが競争で溢れかえっています。

これは、資本主義がそもそも競争社会だからなのです。

資本主義とは、資本がすべて、「金持ちが最強」の社会のことです。

だから、みんな金持ちを目指します。

目指さない人もいますが、そんな人でも「目指さない人のなかで競争」があります。

なので、我々は右を向いても、左を向いても競争が繰り広げられている、混沌とした箱の中にいるので、競争から逃れることはできないのです。

ネット上でも競争

オフラインの生活に疲れて、ネットに安堵を求めてアクセスしても、ネット上でも競争が行われています。

オンラインゲームをすれば、自分のアバターの強さ、チーム内の自分のポジション、レアアイテムをもっているかどうかなど、競争、競争、競争です。

SNSを開けば、フォロワーの数やアクセス数など様々な競争があります。

なので、我々は生まれたときから死ぬまで、なにかしらの競争社会の上に生きていくしかないのです。

自分で国を作り、お金も競争もなにもない世界を自ら作り出すことができないのであれば競争から逃れることなど不可能なのです。

だから、開き直るのです。

どこでも、競争が繰り広げられているこの世界で、「他人と比べるのを辞める」なんてできるとおもいますか?

たぶん、無理です。

自分の意識では「他人と比べるのを辞める」と決断できるかもしれません。
でも、数分後にはなにかしらの比較をしてしまっているはずです。

もう、生まれたときから競争社会を生きてきた我々の体には、「他人と比べる」ことが染みついてしまっているのです。

だから、他人と比べることを辞めるなんて非現実的なのです。

2.他人と比べることに立ち向かい思考を変える

他人と比べることに立ち向かい思考を変える

幼少期から死ぬまで競争の中で生きていく必要がある我々にとって、他人と比べずに生きるということは至難の業であり、不可能に近いということがわかっていただけたと思います。

「他人と比べて生き続けてやる」と開き直るほうがストレスなく、幸福に暮らしていけると思います。

しかし、「他人と比べる」のと「他人と比べて悲観する」のとでは、意味が違います。

他人と比べることには開き直りましたが、他人と比べて悲観することは開き直ってはいけません。

悲観して、劣等感を感じない為には思考を変えないといけません。

他人より劣っていても焦らない

SNS上で一緒に勉強を始めた人が、仕事を取り始めてお金を儲けだしたかもしれないし、自分では到底できそうのないことにも果敢にチャレンジして、自分が劣っていると感じることもあるかもしれません。

しかし、焦ってはいけません。

人は物事を短期的に見がちです。

人生は短いということにフォーカスされがちで、「早く結果を出さなければ」「あの人の早く追いつかなくては」と焦る気持ちはわかりますが、今の結果はまだ数ヵ月くらいのことではないですか?

数ヵ月くらいでは、何にもわかりません。

明日にはそのライバルは挫折しているかもしれませんし、来月には失速して、あなたはブレイクスルーするかもしれません。

継続が必要な領域は、数ヵ月ではまだ、誰もがどんぐりの背比べです。

結果も大したことありませんから、すぐに抜くことができるかもしれません。

ウサギと亀の理論で、ライバルはウサギで、途中で休んでいる間に競争に勝てるかもしれません。

先のことは誰にもわかりません。

なので、短期的に視点をもつのではなく、長期的に視点をもつことが焦らないコツです。

また、たとえライバルよりも劣っているとしても、あなたに不幸が降りかかることはないはずです。

人より劣っていない人なんて世の中には存在しないことを認識してください。

たまたま、この分野では他人より劣ってしまったけれども、違う分野であればどうでしょう?

自分が勝てる領域だってたくさんあるはずです。

だから、劣っていることに悲観する必要などないのです。

人間には得意なことと、不得意なことがあるし、その分野は人それぞれ違うのです。

大切なことは、他人と比べるけどもしっかり長期的な視点をもつこと。

たとえ劣っていたとしても、気にしない事です。

劣っている事を受け入れて、謙虚に分析し学ぶ

劣っていても気にしないと言いましたが、その目の前のことを無視するのは自分の成長に繋がりません。

劣っているには劣っている理由は必ずあります。

それをしっかり分析し、謙虚に改善していくことでライバルに近づき、行く末ライバルを抜くこともできるはずです。

劣っている=負けではありません。

冒頭、解説した通りで競争は死ぬまで続きます。

ライバルをライバルと思っていれば、死ぬまでライバルとして競争することもできます。

なので、劣っているという結果は単に一時の結果でしかなく、それは自己の成長によりいくらでも追いつけるし、追い越すことができるのです。

その為には、謙虚になることが非常に重要です。

「なんであいつだけ」と卑屈になったり。

「絶対、悪いことをしている」と疑ったり。

匿名のコミュニティでその人の悪口を言ったりするのは最低です。

劣っていることに劣等感を感じて、自分の成長ではなく、ライバルの歩みを止めるような足を引っ張る行為も最悪です。

絶対にやってはいけません。

後ろ向きな解決策でなく、前向きな解決策が有効です。

その策が、謙虚さです。

劣っていることをまずは、受け入れて。

では、なぜライバルのほうが優れているのか?を分析する。

そうすることで、自分の足らなかったことが見えてくる。

足らなかったことがわかったら、謙虚に改善する。
すると、必ず成長する。

これがすごく大切です。

劣っていることを受け入れるのは難しいです。

人間にはプライドがあるからです。

でも、受け入れないと成長はできませんし、一生ライバルに勝つことはできません。

ライバルの活躍を見たくないからミュートをしていても状況は変わりません、逃げていては成長はありません。

もっともらしい理由で逃げてはだめ、受け入れないといけない。

劣っていることは恥ずかしくない、成長できるチャンスなのです。

まとめ

まとめると、「他人と比べることは辞められないから、辞めずに開き直ろう」ということです。

競争社会に長年いるので、競争から目を背けることを脳が許してくれません。

じゃあ、とことん競争しようじゃないかという、普通よりも別角度からの記事でした。

立ち向かい、逃げず、目を背けず改善していくことでしか、自己成長はないと思います。

競争に負けたりすると、劣等感を感じますが、それも辞めましょう。

劣っていることが悪いことではありません。

劣っていることが「負け」ではありません。

我々は最終、死にますから。

勝敗は、ずっとつかないのです。

今は負けているけど、10年後勝っていればいいのです。

長期スパンで考えると、肩の荷が楽になるはずです。

重く考え過ぎず、気楽に生きるとストレスも感じにくくいいですよ。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。